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2025年9月25日
『認知症は改善できるものと信じて』
先日、久しぶりに幼なじみの親友に会った。聞くとお母さまが認知症になって
毎日、介護をしている話しを聞かせてくれた。下記に書き留める。
その瞬間は、ゆっくりゆっくりやってくる。
その始まりはいつからだったのか。今思えば父が他界して、母が一人暮らしになった日が
その始まりの日であったのかと振り返る。
母が嫁いで、家族となり、子供を二人授かり、笑顔が絶えない、ごく普通の家庭である。
そんな家庭も時間が過ぎ、子供達は結婚し、違う家庭を作って巣立っていく。
晩年、父は心臓の難病を患い、最後の2年間は寝たきりとなった。
私も近くに住んでいたが、母が1日24時間自宅で看病をしてきた。
人が死を迎える期を近くで初めて目の前にしたが、悲しい現実であり、
母の心労はかなりのものであったことは間違いない。
父が他界してから一人で暮らすようになった母の変化に私は気づいていなかった。
今思えば、一人暮らしという『孤独』と共存することに原因の一つがあったのかも知れない。
人との交流、食生活、運動、睡眠など様々な要因が考えられる。
我々家族が少しずつ母の変化に気づき始めたのは、一人暮らしをするようになってから
5年ぐらい経った時だったと記憶している。
伝えたいのは、お父さんやお母さんを客観的によく観察するということ。
この視点が私には欠けていたのだと今になって思う。
その後、掛かり付け医に紹介状を書いてもらい、認知症の専門医を訪ねた。
先生からアルツハイマー型・認知症と診断され、一人で暮らしているのが不思議なくらいです。という発言までもらった。要するに初動が遅かったということ。
それからは厳しい現実と向き合うことになる。
家族ゆえ、母ゆえ、かも知れないが、すべてを受け入れて、優しく接することが本当に
難しい。「自己嫌悪」に苦しむ毎日が続く。
病気だとわかっていても母の言動をたやすく受け入れることができない。
この現実にずっと悩まされている。
それは何故なのか。
目の前にいる人が、全くの他人であれば冷静に対処できても、
自身を育ててくれた親に対しては何故か厳しく接してしまう。
それは、逆説的に捉えれば、愛情がある故の、自分自身の拒絶反応である可能性が高い。
理由が何であれ、この問題を解決するのは母ではない。
『自らが変わらなければ何もかわらない』
私は、二年半前、永年の転勤族を終えて、地元に戻ってきた。
未だに日々喧嘩をしながら、母の介護をしている。
そんな毎日に少し変化があった。
最近、母を見て、ふと思うことがある。
私は認知症が治らない病気と自分の中で決めつけ、諦めてしまっていたが
ひょっとしたら改善する可能性があるのではないかと。
母が何故、認知症になったのか。
それはどういう環境で、何が原因となっているのかを推察できれば、
そして、その原因を少しでも取り除いてあげることが出来れば、
改善の余地はあるのではないかと思っている。
時に、母親がびっくりするような的確な言葉を発する時がある。
懐かしい若い時の母親を思い出して苦笑いする。
お陰様で他に大きな病気を患ってはいない。
先日、母の誕生日を家族で祝った。
ひと吹きで、すべての蝋燭が消えた時、皆の大きな声があがった。
これからも闘いは続いていくが、
この得体のしれぬ病が少しでもよくなることを願い、
明日からも粘り強く頑張るのみだ。
俺は応援する。また、会おうな。

